医学とスポーツについて

医学や科学とは何か

 

医学や科学では、新しい知見を発表する際には「論文」という形式が取られ、

 

論文を審査したり、他の研究者が吟味することで正確性や論理性が担保されています。

 

論文の構成はざっくりいうと、

 

@データを集めて
A正確に分析・検証し
B関連する事実や参考文献を材料として加え、
Cそこから論理的に導かれる結論から新しい知見に繋げる

 

という流れになっています。

 

医学の論文の多くは論理的なアプローチがしっかりしていて、データの収集や解釈にも偏りがないようにしっかりと検討されています。

 

こういった流れを繰り返して、「より確からしい」ものを積み上げることで、医学や科学が進歩してきているのです。

 

なのでほとんどの素人の見識よりは医学のほうが正しいというのは間違いなくいえると思います。

 

 

また、臨床(手術や施術の現場)の知見は、論文的な検証をしていない段階では厳密には「科学的」とは見なされませんが、

 

重要であると考えられるものはその後の研究の材料となることもあります。

 

最も、論文で明らかになっている事実は全体のごく一部であって、臨床では論文としばしば食い違ったり不足することも事実です。

 

手術等を全て「論文の範囲」だけでやるのは無理でしょう。

 

足りない部分、食い違う部分は術者の「判断」や「勘」によって補われます。

 

同様に、スポーツの現場というのは最も「臨床的」であるといえます。

 

 

医学や科学の結論は「データ」で変わる。

医学や科学は「データ」から正確に結論を導くという性質上、

 

論文の根拠となる「データ」が不正確であれば結論もまた不正確になりやすい特徴があります。

 

(一方で直感的な考察は雑ですが、優れた直感は情報を補正するために大筋を間違えにくい)

 

「データ」が悪意を持って抽出されていたり、改ざんされているものは論外ですが、

 

そうでなくても技術が追いつかないために正確なデータが得られない分野も多々あり、

 

そういった場合には「データ」が更新されることで結論が変わってくることがあります。

 

 

つまり、医学や科学もいついかなる場合でも正しいというような絶対的なものではなく、

 

それぞれ程度の差はあれ、「更新される」ものであるという認識が必要です。

人体の「動き」はまだ未解明な領域

人体の静止した構造はかなりの部分明らかになっています。

 

古くは死体の解剖スケッチから、レントゲン、CTといった技術の向上を経て、

 

人体の静止画像の豊富なサンプルがあったからです。

 

 

一方で、動いている人体のデータはほとんどありませんでした。

 

動画等で撮影すれば表面の動きはわかりますが、

 

身体内部の関節や筋肉の動きまでは分からないため、想像で補う以外になかったのです。

 

このことから、「医学」的なアプローチとスポーツ現場の「臨床」的なアプローチはしばしば食い違う事態が起こっていました。

 

「医者だろうが専門家だろうが分からないものは分からない」

 

分からない中で少しでもマシになりそうなやり方していた。

 

 

当たり前のことですが、この事実を認めることは世間の価値観ではなかなか難しいことです。

 

最新の研究では骨格や筋の動きが明らかに

 

最新の研究では、人体の立体的な動作が明らかになってきました。

 

大阪大学等が主導して、人体の動く3D解剖図を作成することに成功したのです。

 

この研究等により、これまでの医学書で説明されていた動きが何もかも違っていたことが明らかになったのです。

 

「ロボット工学も根底から変わる」、人体解剖アプリをチームラボと共同開発した菅本教授に聞く

 

これまでは「想像」で補っていたために、表面上がまっすぐ動いていれば骨格もまっすぐ動いていると「想像」し、

 

表面上が回転していれば骨格も回転していると「想像」していたところ、

 

 

身体の中身が明らかになったのですから違ってくるのは当然です。

医学的な知見とどう付き合うか?

このような中で私たちがスポーツを上達する上で、医学とどのように付き合えばよいのでしょうか。

 

 

最も重要な前提としては、次のような誤解に気をつけることです。

 

@○ 医学で証明された⇒正しい(正しくない)可能性が高い

 

A× 医学で証明されていない⇒正しくない可能性が高い 

 

B○ 医学で証明されていない⇒わからない

 

 

これは大変基本的なことですが、多くの人が間違って解釈してしまいます。

 

特にAの間違いを起こしている人が多くみられます。

 

これは因果関係の方向を無視する「=(イコール)思考」が原因です。

 

「A⇒B」という構造をみると、反射的に「A=B」だろう、そして「notA=notB」だろうと考えてしまうのです。

 

このいずれも間違いで、「A=B」や「notA=notB」にならないケースも多々あります。

 

 

少々脱線しましたが、ポイントは「証明されていない」ものは「間違った」ものではなくて「分からない」ものだということです。

 

さらに、先ほど説明したように医学や科学は正確性を何よりも重視するので、現状と比べてとにかく遅いという特徴があります。

 

医学や科学の証明というのは、それを待ってから行動するものではなく、自分で正しいと判断してやったことに後から「お墨付き」を与えるようなものだということです。

 

 

これを理解していれば、医学的に証明された範囲のことは注意しつつも積極的に取り入れ、

 

定かでないものは経験や勘を利用して進む、という当たり前のことができるようになります。